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つつじ        桜鬼弓女

 

 つつじが咲いたから、彼女のことを語ろう。

 それは、僕自身が一輪の花と咲くのにも似て、秋に眠り冬に墓標が定まり春を越えた想いが、彼女の誕生月を待って再びこの美しい季節にひらくのだ。

 心の在処を全身で示している五月の植物たち。

 けれどその吐息は未だためらいを残している。

 僕は彼女が好きだったつつじの花を、ぷつり、と失敬しては、その蜜で舌と魂をうるおし、街を流す。

 ことばをもたない子供だった僕がことばを語ることを憶えたのは、それを彼女が歓んでくれたからだ。

 僕は吟い、彼女は笑う。僕のことばは彼女の慰めとなり、彼女の笑みは僕の救いとなった。

 たとえば、五月になると彼女の髪が光をはらむ。

 だから僕は云う、働き蟻がなにを集めてるかしってる?、と。

 彼女は云う、おさとうと、おいしい肉と、それから花。

 うん、僕もずっとそう思ってた、でもね、と僕は云う。もしかしたら違うかもしれないって最近気づいたんだ。

 聞かせて、と彼女は云う。

 うん。僕もこの間気づいたところなんだけど、蟻ってお天気が良ければ良いほど一所懸命にぱたぱた歩きまわってる。それはつまり、彼らがひかりを集めてる、ってことの証明だと思うんだ。

 ひかり、と彼女は云う。風と髪が光る。

 うん、と眩しさに目を熱くさせながら、僕は続ける。

 蟻は黒いから、きっと闇の精霊なんだ。棲んでる処も暗い。だから、と云うか、却って、と云うか、彼らは光に焦がれてる。そこで、陽射しのきつい日を特に選んで、黒い体いっぱいに光を吸い込んで集めて持ち帰って、そして、巣の中で結晶化させて貯めるんだ。そして、その、ひかりを食べて生きる。太陽光電池なんだ。だからあんなにくるくる動ける。

 うん、と彼女は髪と肌と、それから瞳をきらきらさせて頷く。

 君の髪が黒いのも、ひかりを吸収して養分とするためなんだ。無限の力だよ。だから、君は蟻の女王さまになって胸が苦しくなるくらいひかりを食べる資格もあるし、太陽がなくなっちゃうまで生きる資格もある。条件は完璧だよ、ね、君はどうしたい?

 彼女は笑って云う、ひかりと、おさとうと花はうれしいけど、いも虫のグリルは遠慮したいな、あたしは蟻の女王さまよりあなたのお姫さまになりたい。

 そう云って僕の手を握る。

 病の床で。

 

 彼女はもう、くだものの汁しか受けつけない。あかるい世界を見せてあげたくて、僕が掛け布をいっぱいにひいた窓から流れ込むひかりしか彼女の「生」をよびおこすものはない。

 そして結局、彼女は蟻の女王にも太陽の人形にもならなかったけれど、僕はいまも彼女がくれた銀の指環をはずさない。

 なぜなら、彼女は僕の姫君だからだ。

 彼女が死んだ秋の日ではなく、彼女が生まれたこの季節に、僕は彼女の幻を視る。

 今日は僕の庭の最初のつつじが開いた。つつじは語る、こんにちは、それともはじめまして、この短い日々そばにいてね、と。

 今年も僕はつつじに云う、こんにちは、それともはじめまして、いいや、

 

「また逢えたね。」

 

と。

 僕の指に、銀の環がひかりをはらんで輝く日に。

                                                            劇終

                            


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